「ツッコミどころを作れ」一億総ツッコミ時代の生き残りかた。
「一億総ツッコミ時代」という言葉を聞いた。
たしかマキタスポーツさんの本にそうゆうタイトルのものがあった。この言葉の意味を聞いたとき、オモシロイなぁと感じたのを覚えてる。
一億総ツッコミ時代から見た、これからの時代を生き抜いていく方法を僕なりに考えてみた。
一億総ツッコミ時代とは?
「作詞作曲ものまね」で知られるマキタスポーツさんの本よりこんなメッセージがある。
ああ息苦しい 一億総ツッコミ時代
ツイッターで気に入らない発言を罵倒し、ニコ生でつまんないネタにコメントし、嫌いな芸能人のブログを炎上させる。ネットで、会話で、飲み会で、目立つ言動にはツッコミの総攻撃。自分では何もしないけれど、他人や世の中の出来事には上から目線で批評、批難――。一般人がプチ評論家、プチマスコミと化した現代。それが「一億総ツッコミ時代」だ。
動くに動けない閉塞感の正体はこうした「ツッコミ過多」にある。「ツッコミ」ではなく「ボケ」に転身せよ。「メタ」的に物事を見るのではなく「ベタ」に生きろ。この息苦しい空気を打破し、面白い人生にするために!
異才・槙田雄司(マキタスポーツ)による現代日本への熱き提言!!
現代、SNSの普及によって誰もがメディアをもち、発信ができるようになった。人やモノゴトに対して、誰でも意見・コメント・批判ができるようになった。
この「意見・コメント・批判」をツッコミと呼び、現代はツッコミ過多であることを分かりやすく書いてある、なんとも痛快な本である。
そんな今のこの時代、必要とされるべき人材とはどのような能力をもった人なのだろうか?
ツッコミのもつ拡散力
ツッコミ過多であるということは、
「なにか」に対してツッコミたい人が多いということ。ようするに意見したい人が多いのだ。
しかもSNSは匿名でも書けるから多少厳しめなツッコミをしたところで自分に飛び火がないので、気軽に発言ができる。
そしてこの「なにか」というのは
人であったり、事件であったり、行為であったり、形容詞であったり、モノであったりするわけだ。対象が多すぎてここには書ききれないが。
んで、SNS上でツッコまれた結果が「炎上」であったり「バズ」であったりする。つまりツッコミを入れるということは同時に拡散もしているということになる。ツッコミ元を明記しないと何にツッコんだのかが伝わらないため、人はコメントや意見を残すのと同時に元ネタをシェアすることとなる。
現代に必要な人材とは
そんなツッコミ過多の現代で、
対比して少ないのがボケ役と呼ばれるポジションの人たちである。ツッコまれる要素をもった人。
たとえばアホなことをしている人には「わろたw」と言いたくなるし、めちゃくちゃゲームが上手い人の動画には「すげえ!」というコメントとともにシェアをしたくなる。
オモコロやユーチューバーと言われる人たちの拡散方法がこれだ。
これがいわゆる「ツッコミどころ」ってやつで
これを作れる人材が現代に必要なのではないかと思う。
みんな何かにツッコミたくて、ツッコむことによって楽しんでいる。その大多数であるツッコミ側に回るのではなく、ツッコまれることによってあえてみんなの「遊び道具」となる。
遊び道具という表現が適切かはわからないが、
こうすることによってシェア拡散され知名度が上がっていく。
加えて、このような人たちは少ないので目立つ。
少数派は優位にポジションを取れるのだ。
「優秀なツッコミ役」は充分に足りていて、
現代に足りていないのはこのポジションなのではないだろうか。
「ツッコミどころ」を作るのが上手い人
たとえば有名ブロガーのイケダハヤトさんは
「まだ東京で消耗してるの?」というブログを運営しているのだが、タイトルを見た時点でもうツッコミたくなる。東京人はとくに。
今ブログ界隈でメキメキと知名度を上げている
お笑い芸人の西野さんもそうで、
「芸人なのに町を作る」「芸人なのに絵本を描いている」など話を聞くたびにツッコミたくなる。これは意図的なのか、行動の結果なのかは分からないが、それが現在の注目度に直結している。
ホームレスの小谷さんもそうだ。
「ホームレスなのに毎日楽しく幸せそうに生きている」もうこれが一番のツッコミどころである。「ホームレスなのに太って、結婚をして、グアムにタダで行って、フェスを主催している」なんという壮大なボケ。。(参考:「ホームレス小谷」から学ぶ、超ポジティブな生き方。)
このように、
SNSでシェア拡散されて有名になっていく人たちは得てして「ツッコミどころ」を作るのが上手い。
これが意図的なのかどうかは別として、
注目される秘訣はここにあると踏んでいる。
ツッコまれる人間になろう
一億総ツッコミ時代。
そんな現代だからこそ、生き抜いていくための方法がある。ツッコミ役は充分に足りているのだから、みんなにツッコまれるようなことをしたほうがいい。
かくいう僕もこうして分析しながら記事に書いて「ツッコまれ役」の面々をシェア拡散してしまっている。やられたよ。ツッコまずにはいられない。
誰もがツッコミたくなるような、
自分だけの「ツッコミどころ」を作ること。
そんなことがこれからの時代、
必要になってくるのかもしれない。